徳田脳神経外科病院理事長_徳田元

徳田脳神経外科病院 理事長
徳田 元(とくだ はじめ)

脳神経外科の専門病院としての正式な発足は1985年2月です。

当初の病院名は「徳田病院」でした。発足時の職員数は19名ほどで、病床数は38床です。最初は多忙を極めてはいましたが、どこかのんびりした空気の中での仕事でありました。

当時、開頭手術ができる大隅半島で唯一の病院でした。救急患者が毎年250名ほど海を渡って鹿児島市へ搬送されていた時代に、開院後は搬送患者が50名ほどに減ったという話で、大変嬉しい事でありました。
その喜びは大隅半島の皆様の多大なご理解とご協力があってのことと、何時も感謝申し上げております。

その後紆余曲折はありましたが、順調につつがなく経過し、1991年3月3日に現在地に新築移転し、「徳田脳神経外科病院」が晴れて誕生しました。当初58床で始まり、その後増床により現在は70床で運用しております。

病院の発足当初と約20年後の現在では、世の中の人々の権利意識の高揚などに格段の差があります。病気に対する情報量も増えましたし、医師をはじめ、看護師、免許を持った全ての職員はその専門職たらんとする知識の習得に大変な努力と高度な知能が必要な時代となりました。
また近代医療に遅れまいと2006年10月から電子カルテも導入致しました。

病院の心として「ホスピタリティ(親切にもてなすの意)」と言う言葉を職員一同遵守しております。

徳田脳神経外科病院長_諸木浩一

徳田脳神経外科病院 院長
諸木 浩一(もろき こういち)

昭和60年に病院開設後、当院の大隅地域における役割はまず、脳血管障害・脳外傷などの急性疾患における医療体制の構築であります。
脳神経外科という標榜は、脳血管障害において手術対象である脳出血やくも膜下出血などの疾患が主たるものと考えがちですが、当院の疾病統計でも脳梗塞などの虚血性疾患が6~7割を占める状況でありますので、手術により治療するということではなく、いかに障害部位の影響を最小限に内科的方法で食い止めるか。それには早急な治療体制に持っていけるか時間的な問題が問われています。
更に、その後、またこれからの疾患によってもたらされた運動、言語障害のリハビリの早期関与のための回復期リハビリ病棟の設置、通所リハビリ・訪問リハビリなどの併用による在宅加療の援助・支援の構築をしております。更に、良性脳腫瘍への手術治療、頚椎ヘルニアなどの変性疾患への手術治療、認知症へのアプローチなども積極的に行っているところです。

大隅地域の脳血管障害、脳外傷などの脳神経疾患の急性期治療における当院の役割は、現在も一貫して受け継がれております。
しかし問題点がいくつか挙げられます。第一に大隅地域の医療体制も非常に厳しくなっており、1つの病院で治療が完結する総合病院的な病院完結型の医療制度はもはや通用しなくなって来ているということ、第2に大隅地域では日本の平均を上回る形で高齢化は急速に進んでおります。脳血管障害のみの治療という観点ではうまくいかなくなっており、言葉を変えると、高齢化に伴い心疾患やその他の全身性の合併症の存在があり、治療がすんなりとうまく行かない状況が多くなって来ているという問題があります。

地域完結型つまりはいろいろな病院が得意分野の疾患を通じて、補完しあいながらの地域医療連携を構築し医療資源を絶やさないように協力していかなければならなくなっております。